平成21年度 東山会会報

会員からの便り

名古屋大学医学部
非常勤講師

祖父江 恵

平成11年卒業(第58回)

 私が目指すもの-----外傷外科医。まさに、死の瀬戸際に立たされた瞬間、必要とされる外科医である。現在の日本には、ない。江戸時代、誰もが刀をぶら下げていた時代、または、戦争中を考えていただきたい。刺されるか、打たれるか、吹き飛ばされるか。あなたの家族が、外傷によって突然命を落とすことになったら、憤りを感じるはずだ。現在の日本、平和がゆえ、事故で命を落としても、運が悪かった、で片づけられてしまう。なぜか?事故が少ないからだ。近年起きた秋葉原の事件が、現在の日本の救急システムの問題を露わにした。

 私が経験してきた、本当の外傷外科の現場は、一人ずつの命を救うために、誰もが一丸となって、活動している。米国、南米コロンビア、ブラジル。日本では味わうことのできない殺伐とした空気が流れる。誰もが、患者の命を救う喜びを感じて生きている。一人でも多くの人を救うためのシステムがある。それは、先進医療でもなく、高価な医療経済でもない。ただ、「死なせない」という国民全体の魂だ。それは、医師だけで完結することではなく、救命救急士、看護師、一般市民の価値観、政治、すべてが絡んでいる。「命を救う」、という当たり前の概念だ。現在の日本には、これを感じない。諸外国では、現場から病院まで、救命救急士が重要な役割を果たしている。日本は、どうして彼らに、そのチャンスを与えないのだろう。彼らの仕事は、患者を搬送するだけではない。しっかりと、命を扱う職務のはずだ。

 米国・南米では、医学生の時から、戦場のような医療現場で戦力となっている。日本の「見学」とは違う。資格を持った医師になった後には、しっかり経験を積み「外科医」となるプログラムができている。使える医師を育てる医学教育とは何か。現在の日本の医学教育は、この点において、欠落している。研修医は「お客様」ではない。

 病院での生活は、体力勝負だ。どんな患者が突然運び込まれるかわからない。5分後の生活は読めない。血を流しながら、担ぎ込まれてくる。外傷は、夜の疾患だ。“Let’s Go!”の一言で、ERから手術室まで2分。常に患者を受け入れる体制が整っている。最も活気ある瞬間だ。一度手術室に入ったら、朝まで出られないかもしれない。しかし、自分が最も生き甲斐を感じる場である。

 外傷外科だけは、いつの時代も変わることがない、変えることができない。どんな先進技術が開発されようとも、この分野に介入するには、かなりの壁がある。なぜか?常に、一瞬を争っているからだ。人の手、そして何より五感には、何にも勝る確かなものがある。すべて、その手が経験してきたものだ。米国、南米では、実際、日本とは比較にならない外傷の数がある。毎日、多くの人が命を落とす。しかし、外傷から救われる人の数も多い。ハイリスク・ハイリターンの土地だ。この経験を積むには、現場にいるしかない。

 私は、江戸時代に生まれるべきだったのか。それとも、早く生まれすぎてしまったのか。日本では、なぜか、外傷という分野を専門とする外科医がいない。慢性疾患(癌など)が重要視されているからであろう。工業分野においては、戦後、日本は先進各国に追いつき追い越し、世界のトップを走っている。救急医療は、昨今の医療崩壊の前から完全に世界から遅れを取っている。世界のどこでも使える外科医になることが目標だが、私の日本人としての使命は、将来、日本の救急医療体制を、根本的に改革することだと思っている。それは、日本国民の考え方の根底からの改革が必要だ。何十年先に実現されるのかもわからない。国境もなくなっているかもしれない。平和な島国のローリスク・ローリターンの時代も、いずれは変わっていくであろう。

 外傷外科と出会い、それに向かって行く中で、名古屋大学工学部と医学部の先生方には、常にチャンスを与えられ、感謝している。私も将来、夢を持った学生に、チャンスを与えられる人物になりたい。

略歴
1995 愛知県立明和高等学校卒業
1999 名古屋大学機械航空工学科卒業
2001 名古屋大学大学院機械情報システム工学専攻修了
思うところあり、就職せず医学部受験勉強開始
2002名古屋大学医学部医学科入学
2002行政書士資格取得、開業
米国Johns Hopkins Hospital留学 米国の救急医療に感動
2007 名古屋大学医学部医学科卒業
米国Baylor College School of Medicine
Michael E. DeBakey Department of Surgery医療に従事
米国の外傷外科に感動、そして揺るぎない決意となる
2007-2009愛知県済生会病院研修医
2007南米Universidad de Valle, Cali, Colombiaの医療に従事
南米の医療に感動
2008米国Baylor College School of Medicine
Michael E. DeBakey Department of Surgery留学
2008-現在名古屋大学医学部医学科YLP非常勤講師
2009 ブラジル University of Sao Pauloの医療に従事
米国医師資格を取得


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